パイロクロア型Ir酸化物における磁気輸送現象
【背景】
固体中の電子は、その結晶の対称性によりバンド構造と呼ばれる限られたエネルギー状態しか取れなくなります。この構造において、電子はエネルギーの低い状態からフェルミ準位と呼ばれる状態までを占有していきます。金属のような伝導体では、フェルミ準位はバンドに掛かっており、電子は自由に運動することが出来ます(図1a)。一方で絶縁体ではフェルミ準位がバンド間のギャップに位置しており、電子が自由に動くことが出来ません(図1b)。このギャップの上に位置するバンドを伝導帯、下に位置するバンドを価電子帯呼びます。トポロジカル絶縁体と呼ばれる物質群では、量子力学的なスピン軌道相互作用が伝導帯と価電子帯の反転を引き起こし、それによって試料の内部(バルク状態)ではギャップの開いた絶縁体でありながら、端(表面状態)には金属的な伝導状態が現れます(図1c)。この端伝導状態には、エネルギー散逸の無い純スピン流が生じることから、超低エネルギー消費社会の実現や、スピン輸送素子等への応用が期待されています。我々の研究室では、卓越した薄膜作製技術を駆使し、酸化物薄膜・界面におけるトポロジカル相の発現を目指すと共に、その工学的応用に取り組んでいます。
【パイロクロア型酸化物】

図1.トポロジカルな電子状態。
パイロクロア型酸化物はA2B2O7という組成式で表される、2種類のイオン(A、B)から成る複酸化物です。パイロクロア型の結晶構造は、A、Bそれぞれが頂点共有した四面体を成すことで形成されます(図2)。この結晶構造はA、Bが磁性を持つ場合に、磁気構造を決定するための制約条件として作用し、多彩な物性を生み出すことが報告されてきました。

図2.パイロクロア型酸化物A2B2O7の結晶構造。
【パイロクロア型Ir酸化物における磁気輸送現象】

図3.パイロクロア型Ir酸化物薄膜における磁気輸送現象。
近年特に希土類とIrから成るパイロクロア型酸化物が注目を集めています。反強磁性的な相互作用の結果として、この物質群はall-in-all-outと呼ばれる磁気構造を取ります。本系ではこの磁気構造に付随する形で、Weyl半金属相と呼ばれるトポロジカル相の発現が示唆されています。またその他にも、all-in-all-out構造に内在する2つの磁気ドメインの境界に、金属的な伝導相の発現が予言されており、盛んに研究がなされています。
我々はこのパイロクロア型Ir酸化物の高品質薄膜の作製に初めて成功し、抵抗が外部磁場に対して線形に変化する、all-in-all-out磁気構造特有のシグナルを観測しました(図3)。
また、外部磁場に対して異なる応答を示す2種類のパイロクロア型Ir酸化物のヘテロ界面構造において、ヘテロ界面に磁気ドメイン境界を選択的に誘起し、そこに現れるドメイン壁伝導の観測にも成功しています(図4)。

図4.パイロクロア型酸化物界面の断面図。