高移動トランジスタにおける低次元物性

【背景】
 高移動度トランジスタは非常に高いキャリア移動度を示すヒ化ガリウム(GaAs)で初めて実現され、高周波デバイスとして広く応用されています。 また、高移動度キャリアはその極めて長い散乱時間のために低温において、様々な量子現象を発現します。最も顕著な例として、低温において半導体二次元界面のポテンシャルに閉じ込められた高移動度電子に磁場を印加することで、抵抗が ゼロを示すとともにホール抵抗が磁場に依存しない特殊な量子状態が実現します。我々は これまで世界最高レベルの清浄な二次元界面を酸化亜鉛で実現してきました。この技術を用い従来の半導体では発現しない新規な量子現象をZnO二次元電子系で観測することを目的とし、研究を進めています。


【MgxZn1-xO/ZnO界面における二次元電子の形成】
 通常、半導体に伝導キャリアを導入するには、価電子の数が異なる元素を置換し余剰電子または正孔を生成します。しかし、ZnOではもともと結晶の持っている自発分極を用いて二次元電子を生成することができます。MgをZnOにドープするとバンドギャップが広くなるとともに自発分極が大きくなるため、図1のようにMgxZn1-xO/ZnO界面 を作製することで分極の不連続を打ち消すようにキャリアが導入されます(-divP  =  ρ: 分極電荷)。 このキャリアは不純物散乱が非常に小さいため、酸化物では他に類を見ない高移動度を示します。

図1.MgxZn1-xO/ZnO界面の伝導バンド図


【高移動度二次元電子系における量子ホール効果の観測】
  我々の作製した酸化亜鉛二次元界面に閉じ込められた高移動度電子に、1 K以下の低温で強磁場を印加すると、 図2のようにある一定磁場範囲にわたって、縦抵抗がゼロかつホール抵抗がh/ie2(=25.8/i kΩ, i: 整数または奇数分母の単純な分数)に量子化された値を取ります。この現象は量子ホール効果よばれ半導体ではよく知られた量子現象ですが、我々は酸化物において初めてこの現象を観測できる高品質な試料の作製に成功しました。酸化亜鉛では従来の半導体に比べ電子間相互作用が強く、いままで観測されなかった新規量子状態観測が期待されています。


図2.MgxZn1-xO/ZnOにおける量子ホール効果の観測。

 本研究では、さらなる酸化亜鉛薄膜の結晶品質を改善し、前人未到の物理現象観測への道を切り開いていきます。


参考文献
1.ZnO二次元電子系における量子ホール効果観測の解説記事
 塚崎 敦,大友 明,北 智洋,大野裕三,大野英男,川崎雅司,固体物理 Vol. 42(9), p. 559 (2007).
2.ZnO二次元電子系における整数量子ホール効果観測の第一報
 A. Tsukazaki, A. Ohtomo, T. Kita, Y. Ohno, H. Ohno, and M. Kawasaki, Science Vol. 315, p. 1388 (2007).
3.ZnO二次元電子系における分数量子ホール効果観測の第一報
 A. Tsukazaki, S. Akasaka, K. Nakahara, Y. Ohno, H. Ohno, D. Maryenko, A. Ohtomo, and M. Kawasaki, Nature Materials Vol. 9, 889 (2010).