電気二重層トランジスタを用いた電界効果超伝導

【背景】
  トランジスタは半導体上のゲート絶縁膜に電圧を印加することで半導体中のキャリアを蓄積・空乏することができ、その制御性のため現在の半導体デバイスの根幹をなしています。この機構を用い 、基礎物性研究においてはデバイスとして用いるだけでなくキャリア濃度制御による物性探索を行うことができます。我々の研究室ではゲート絶縁膜として通常用いられるSiO2などの酸化物薄膜ではなくイオン液体を用いることで、これまで達成できなかった高濃度のキャリア蓄積に成功しました。この技術を用いてこれまで通常のドーピングでは探索されていない、高キャリア濃度領域の物性を様々な物質において探索しています。


【電気二重層トランジスタ】

図1.電気二重層トランジスタの模式図

  電界効果型トランジスタは半導体/ゲート絶縁体/ゲート電極の三層構造をなしており、ゲート絶縁体に電圧Vを印加することでn = CV =  εV/d (C, ε,dはそれぞれ絶縁体の電気容量、誘電率、厚さ)のキャリアを変調することができます。通常、キャリアの最大蓄積量はゲート絶縁膜の絶縁破壊電界で決まり、良質な絶縁膜であっても1013 cm-2ほどです。これはキャリアの蓄積厚さが典型的に10 nmと仮定すると、体積密度で1019 cm-3であり、およそ単位格子あたり0.1 %です。しかしながら、銅酸化物が示す高温超伝導やマンガン酸化物が示す超巨大磁気抵抗など酸化物の興味深い物性はドープ量が1 - 10 %のドープ量で発現するので 、通常の絶縁膜ではこのキャリア量を誘起することは困難です。さらに、元素置換では固溶限界以上の濃度のドーパントは半導体に置換しないため、物性探索ができるキャリア濃度領域は限られます。そこで我々は図1に示されるような絶縁層として溶媒にイオンの溶け込んだ電気二重層トランジスタを用いることでこの限界を克服しました。電気二重層トランジスタでは1nm以下の1分子層が絶縁膜として働き非常に大きな電気容量が得られるとともに、最大印加可能電圧は電気化学反応で決まり通常の絶縁破壊電界よりはるかに高いものとなります。


【絶縁体酸化物チタン酸ストロンチウムにおける超伝導誘起】


図2.電気二重層トランジスタを用いたチタン酸ストロンチウムの金属化

我々はこの技術を絶縁体であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)に応用しました。チタン酸ストロンチウムはおよそ1 %ほどのドープ量で超伝導を示す物質であり、電気二重層トランジスタの格好の舞台であります。図2に示すようにイオン液体に正の電圧を印加していくと抵抗が減少し、2.75 V以上で絶縁体から金属へ転移することが観測されました。このときのキャリア濃度は最大で1014 cm-2を超え、通常の10倍以上のキャリアが電界効果で誘起されたことになります。この金属状態を保ち、試料をさらに低温に冷却すると図3に示されるように、0.4 Kで超伝導を示しました。この転移温度は極低温ではありますが、電界効果 によるキャリアドーピングで絶縁体から超伝導体への転移に成功した初めての実証結果です。




図3.電気二重層トランジスタを用いたチタン酸ストロンチウムにおける超伝導の観測

 本研究では、この技術を他の物質に応用し様々な酸化物の物性を制御するとともに、元素置換では実現不可能なキャリア濃度領域を探索し新規物性探索を目指します。


参考文献
1.電気二重層トランジスタを用いた超伝導誘起の解説記事
 上野和紀,下谷秀和,岩佐義宏,川崎雅司,セラミックス Vol. 45(11), p. 918 (2010).
2.ZnOを用いた電気二重層トランジスタにおける高キャリア濃度蓄積
 H. Yuan, H. Shimotani, A. Tsukazaki, A. Ohtomo, M. Kawasaki, and Y. Iwasa, Advanced Functional Materials Vol. 19, p. 1046 (2009).
3.電気二重層トランジスタを用いた絶縁体SrTiO3における超伝導誘起第一報
 K. Ueno, S. Nakamura, H. Shimotani, A. Ohtomo, N. Kimura, T. Nojima, H. Aoki, Y. Iwasa, and M. Kawasaki, Nature Materials Vol. 7, p. 744 (2008).